修繕担当のこだわり派3名 お客さまが熱いから、自分たちも熱くなる

小黒佐知子
1989年入社。お客さまからの修繕相談に対応する店舗のベテラン社員。アルバイト情報誌を見て応募したのがきっかけで「気がついたらこんなに長く勤めていました」と語る。廣瀬・岩﨑からの人物評は「女性ならではの細やかな感性や気遣いがある。でもたまにガツンと怒られます(笑)」とのこと。
廣瀬健
1997年入社。不動産賃貸の営業職だったが、より自分に向いている職を見つけるべく一澤帆布に入社。1年間は店舗で販売を経験し、職人の道へ入る。現在は修繕品を職人に振り分けるなどの管理業務も担当。小黒・岩﨑からの人物評は「何事もきっちりしてはる。家ではイクメンパパらしいです」
岩﨑修
2000年入社。テキスタイルメーカーの営業職から、作り手になりたいと職人に転職。ミリ単位の美しさにこだわり、大型ミシンを突き詰めたいと考えている。小黒・廣瀬からの人物評は「気軽に言いたいことを言ってお願いしやすい人」。東山界隈のカレーを食べ歩く社内サークルの“カレー部長”でもある。

お客さまのご希望を
聞くのが、修繕の
スタートライン

クタクタのかばん
から見えてくる
歴史と愛着

修繕品は一つひとつ
違うから奥深い

お客さまのご希望を聞くのが、修繕のスタートライン
― 小黒
今回は「修繕」の話をしようと思います。普段こうやってみんなで話す機会もあんまりないので新鮮な感じですね。
― 岩﨑
確かに、ちょっと照れくさいかも。
― 廣瀬
でもいい機会じゃないですか。最近は修繕依頼が多くて、平日でも1日2〜3個はありますもんね。
― 小黒
月でいうと100個超える時も。観光シーズンには旅行のついでに修繕に持ってこられる方もいらっしゃるので、一日に何十個と預かることもあります。店頭でご相談を受けるのはもちろん、郵送していただく場合も多く、全国から修繕品が集まるんです。そのためお客さまには申し訳ないですけど、1〜2ヵ月お待ちいただくことも...。
― 廣瀬
もちろん僕ら職人は「1日でも早く」という意識でやっているんです。毎日お使いいただいているかばんならすぐにでも返してほしいでしょうから。ただ修繕は、新しい製品を作る以上に気の遣う作業なので、丁寧に対応するために十分な時間をいただくようにしています。
― 小黒
修繕の流れとしては、まず店頭スタッフがお客さまから修繕品を預かり、そこで修繕に対してのご依頼などをお聞きします。修繕内容によって値段も変わってくるので、ここが一番大事なところ。ファスナーやバンドの取り替えだったらすぐに見積もりを出せますが、複雑な修繕の場合は職人とも相談させてもらって、一番いい修繕法を見つけていきます。
― 廣瀬
例えば、破れている箇所に裏から生地を当ててステッチをかけるのか、それとも一部分まるまる取り替えたほうがいいのか。どちらがより早くてきれいで強くなるか。一つひとつ確認しながら決めていくんです。僕らが「こうしたほうがいいんじゃないか」って思うことを提案することもありますけど、まずはお客さまが何を求めてらっしゃるのかが大事なので、店頭での話し合いのなかでそのギャップを埋めていく。ややこしい修繕の場合は、お客さまと小黒さん間での話も、小黒さんと職人間での話もすごく時間がかかりますね。
― 小黒
私はかばんを作ったことがないので、どう修繕すればいいかわからないこともたくさんあるんです。だから時間はかかっても、職人に相談して意見を聞くようにしています。
― 廣瀬
そこで修繕方法や見積もりが決まったら、僕が各職人に修繕を振り分けていく。修繕は、技術や経験が必要なので、やはりベテランの職人が担当することが多いです。手間や時間をかけるだけ費用も高くなるのでお客さまの負担になりすぎないように考えながら作業します。
― 小黒
岩﨑さんはよく修繕を担当されていますが、大事にしていることってあるんですか?
― 岩﨑
僕はなるべく元のカタチに戻したいと思っていますね。縫い糸はなるべく解きたくないし、元のミシン目を活かして、同じラインで縫いたい。縫い目が多くなるとどうしても生地を傷めてしまうので。
― 廣瀬
修繕の基本はなるべく元通りにすること。その上で僕は補強と見栄えを同時にクリアしたいって気持ちもある。ただ元に戻すというより、カスタムメイドするというか。例えば裏から当て布をするんじゃなくて、表から新しい生地を縫い付けたら、新しいデザインにも見えるように。
― 岩﨑
そういう新しいデザインにも見えるような修繕は、事前に必ずお客さまにご納得いただくことが前提ですね。お客さまと相談して、古いかばんに新しい変化を取り入れていく。職人がお客さまのご要望を叶えるためにベストを尽くすなかで、それぞれのセンスがちょっと入ってくるのが面白い。実は修繕している本人はみんな「オレってセンスいい」と思ってるんですよ(笑)。でも常にお客さまに「さすが!」と満足してもらえないと。
クタクタのかばんから見えてくる歴史と愛着
― 岩﨑
それにしても、「修繕してまた使う」ことがこんなに浸透しているかばん屋も珍しいんじゃないですか。僕ら職人は時々、催事場に出向いてお客さまと接する機会があるんですが、「こんなにクタクタになってしまったけど直せますか?」と、見せに来てくださるお客さまが多いことに驚きます。
― 小黒
皆さんすごく愛着を持っておられるんですよね。
― 岩﨑
そうそう。やっぱりお客さまの一点物なので、修繕するのも気持ちが入ります。ミスできないっていう緊張感もある。なかには正直、「こんなになってもまだ使ってくれはるんや」って思うようなかばんもあるんですよ。生地がへたりすぎているとミシンがうまく進まないこともあって悩ましいんですが...。それでも修繕して使ってくださることに感動しますね。
― 廣瀬
うちの子どももだいぶ傷んだかばんを使っているので、「そろそろ買い替えようか」と言ったら、「いやや。柔らかいからこっちの方がいい」って。毎日使っているとその人なりのクセなんかも染みついて使いやすくなるんでしょうね。娘の言葉を聞いて、修繕に持ってこられる方の気持ちがちょっとわかったような気がしました。
― 岩﨑
修繕のかばんって生活感が見えるのが面白いですよね。たまに小銭や薬が入っていたり、買い物メモが入っていたりする。にんじん、たまねぎ、牛肉とか書いてあると、カレー作らはったんかなぁなんて想像して。
― 小黒
店頭では「かばんの中に何も入れず、空っぽの状態で」とお願いしているんですけど、たまにそういうことがあるんです。
― 廣瀬
土埃とか砂みたいなものがこびりついているかばんもあります。そういう場合はお客さまのほうで一度洗っていただくのが良いかもしれません。僕らは預かったかばんを勝手に洗えないので。生地が汚れてパリパリになった状態で修繕するより、洗っていただいてから修繕したほうがきれいに仕上がると思います。
― 小黒
このページを通じてぜひお客さまにお洗濯をお願いしたいです(笑)。ところで修繕されるお客さまのことって気になります?
― 岩﨑
僕らは直接お会いするわけじゃないですけど、使い込まれたかばんを見て、どんな方なのかな〜と想像することはありますね。
― 廣瀬
僕は、お客さまが女性だったらちょっと女性っぽくしてみようとか、若い人だったらなんとなく若者っぽくとか、イメージを持って修繕しています。
- 小黒・岩﨑
へえ〜!そんなこと考えてたんですね。
- 廣瀬
あくまでイメージですよ。それでめちゃくちゃ修繕方法が大きく変わることはないですけど。
- 小黒
店頭では、お客さまからそのかばんに対する思い入れをお聞きすることもあります。お父様から受け継いだものだとか、亡くなられたご家族が愛用していたものとか。そういう思い出話を聞くと、よけいに大事にしたいなあと思いますね。
- 廣瀬
同じかばんを2回も3回も直して使ってくださっているお客さまもいますもんね。
- 小黒
それだけ修繕に出したら、新品買ったほうが安いと思うんですけど。そのかばんじゃないといけないんですよね。
- 岩﨑
だからこそ修繕する側の気持ちも熱くなる。
- 小黒
こないだお会いしたお客さまで、お母さんと小学3年生くらいの息子さんがいらっしゃいました。お母さんが使われていたかばんを2つ修繕に持って来られたんですけど、1つは傷みが修繕の限度を超えていたのでお断りしたら、息子さんが「僕これ使いたい」と言われたんです。もう1つは持ち手がボロボロで新しい持ち手に取り替えることになり、古い持ち手をこちらで処分すると言ったら、「その持ち手もほしい」と言われて。「捨てたらもったいない」とおっしゃるんです。小学生の男の子ですよ。
- 廣瀬
それはすごい。そういえば、「実家に帰ったときに、昔お父さんやお母さんが使っていた一澤のデイパックが押し入れにあったので修繕して使いたい」と、持って来られたお子さんもいました。
- 小黒
親御さんが若い頃に修学旅行で買われたかばんを、娘さんや息子さんが使われていることも。代々使い繋いでいかれるかばんには歴史があります。
- 岩﨑
ものを大事にされる方が一澤のかばんを愛用してくださっているんですね。それはほんとこの会社にいていつも驚くことです。
- 廣瀬
「修繕したかばんの金具やボタンを返してください」って言われるお客さまもおられますね。記念や思い出に取っておかれるんだろうな〜と。だから取り替えるときになるべく傷がつかないよう気をつけています。
- 小黒
「こんなにきれいに修繕していただいてありがとうございました」というお手紙をいただくことも多いですね。新品のかばんを買ってくださったお客さまからもお礼状が届いたりします。普段、私が利用するお店に手紙を出すことってないので、すごくありがたいことだなと思っています。
- 廣瀬
その手紙は僕ら職人も見せてもらっていますが、やっぱりうれしくて顔がほころびますよ。
修繕品は一つひとつ違うから奥深い
- 岩﨑
修繕していると、このかばんってこんな傷み方をするんやと教えてもらうことも多い。新品のかばんだけ作っていたらわからないことを、修繕品から勉強させてもらうことがあるんです。
- 廣瀬
なるべく丈夫で長持ちするかばんを作るために、そういう情報を集めておいて新製品の開発にフィードバックすることもあります。そうするとどんどんファスナーを使いたくないっていうか(笑)。修繕で一番多いのはファスナーの取り替えなんですよ。
- 小黒
最高級の丈夫なファスナーを使用しているのですが。ファスナーテープの部分がどうしても痛むんですね。あとは明らかに摩れるところ、かばんの持ち手や肩の部分などですかね。でもどれだけクタクタになっても、持ち手が付け根から取れたかばんを見たことはありません。
- 岩﨑
それが一澤の帆布と仕事のすごいところ。
- 小黒
(修繕品のかばんを見ながら)これなんかかなり古いんじゃないですかね。20〜30年前とか。それより古いもので、判子みたいな一澤のスタンプが押してあるかばんを修繕したこともあります。今は織りネームが付いていますが、その代わりにスタンプだった時代があるんです。年代は確かではないですけど50年以上前かも。うちでは生地も材料も、廃番になった昔のかばんのものもすべて揃えているので、職人が「修繕してまだ使える」と判断したら修繕しています。でもなかには傷みが限度を超えて修繕できないものもあるし、修繕せずに使ってもらったほうが長く使えるものもあります。
- 廣瀬
当て布に関しては、限界を感じることもあるんです。以前、「ズボンのつぎあてみたいでかっこ悪い」というクレームをいただいて。それからはただ補強するだけじゃなく、見栄えのレベルも一段上げていかなければと思っています。
- 岩﨑
当て布がイヤだったら、ポケットのように見せたりすることもできますよ。
- 廣瀬
他に印象に残っていることで言えば、女子大生のお客さまが学校の休みの間にリュックタイプのかばんを修繕に持って来られたことがありました。ご要望通りに天蓋を替え、本体を補強し、ファスナーとバンドを替えたのはもちろん、そこに自分なりの工夫も加えて。けっこうステッチが入ってしまったのでどうかなと思ったけど、取りに来てくださったときにすごく喜んでいただけたようでホッとしました。見積もりが決まっているので大幅に変えることはできませんが、やっぱり修繕後のかばんを受け取ったときに驚きや喜びがあるものにしたいなと思いますね。
- 岩﨑
修繕って楽しいけれど、本当に手間がかかる。その代わり、やりがいや達成感がある。そして修繕したかばんをお客さまに本当に喜んでもらえたら、これほど職人冥利に尽きることはないですよね。
- 小黒
私たちも修繕を終えたかばんを見ると、「こんなにきれいになったんや!」って感動します。でもお客さまは修繕後どんなふうになるか具体的なイメージを持たれているわけではないので、事前にうまく説明できたらと思っているんです。
- 廣瀬
店頭でお客さまのご要望を汲み取って伝えてもらい、最終的にお客さま・店頭スタッフ・職人の3者が同じ仕上がりをイメージできることが理想ですね。
- 小黒
はい!修繕は奥が深すぎて、まだまだ到達点がないというか。一つひとつ違うので難しい面もあります。でも、直してまた使いたいというお客さまの気持ちを大切に、これからもみんなで丁寧に修繕に応えていきましょう。
編集日記
修繕担当として普段から関わりの多い3人ですが、こんなにゆっくり話したのは初めてだとか。「話してみると考えていることが一緒だったり、違う目線が見られたりして面白かった」という感想でした。当社では、「修繕する」ページでもご案内している通り、長年お使いいただいたかばんもできる限り修繕をお受けしています。一つひとつのかばんにお客さまの想いが込められているように、職人の修繕に対する想いもそれぞれ。センスと技術力が問われる仕事だけに、職人自身もやりがいを持って取り組んでいます。皆さまの大切なかばんも、だいぶ傷んできたなあと思われたらぜひご相談ください。