カバン・袋物・帆布加工一式 一澤信三郎帆布

信三郎のええかげんな話

Date 2019.02.23

#92 大阪万博

大阪で二度目の万博を開催することが決まって、青春時代に1970年の万博を経験した私らは、なんや二番煎じやないかと言う気がしています。
私は当時大学生で、もちろん海外に行ったこともなかったんで、何度か会場を訪れるたびに、見るもの、食べるものも何もかもが珍しくて驚き、わくわくしたことを鮮明に憶えています。
情報化と言う言葉もない時代、いきなり体験する驚きや感動は格別でした。
うちの人がその頃、たまたまカナダ館のホステス(今で言うたらコンパニオンかな)をしてました。(もちろんその頃はうちの人ではなく、ただの女友達でしたが)
ある日、カナダ館で、一般の観客が帰ってからパーティがあるんで、来ないかと誘ってもろたんです。貧乏な学生には、お酒も食い物も “ ただ ” というのが大いに魅力で、友人を誘ってのこのこ出かけていきました。
鏡張りのピラミッドのような形のカナダ館に圧倒されながら中に入り、中庭のスペースでビールがふるまわれました。
まず驚いたんは、ビールの小瓶の口をねじって開けて、ラッパ飲みすることです。
当時の日本ではビールは大瓶からコップに入れて飲むもんなんで、外国人に交じってのラッパ飲みはえらくかっこよく思えたもんです。
鶏のから揚げも初めて食べて、うまいもんやと思いました。すべてが目新しく面白うて、楽しく飲んで夜中の12時ごろにお開きになりました。
うちの人は宿舎に帰るんで、会場で別れて、長い道のりを酔っぱらいながら歩いて駅にたどり着くと、シャッターが下りてました。えらいこっちゃ、そこで初めて始発まで電車がないのに気が付いたんです。
タクシーで京都に帰る甲斐性もなく、幸い気候の良い時節やったんで、友人と「しゃあないなあ」と駅のベンチで蚊の餌食になりながら一晩明かしました。・・・いつの時代も “ 只(ただ)ほど高いもんはない ” なあ・・・。

そう言えばうちの人は、珍しい食べ物の話をよくしていて、ブルガリア館でものすごく酸っぱいヨーグルトを食べたとか、ニュージーランド館には「シェイク」というアイスクリームのような飲み物があったとか、今では当たり前のものが初めて登場した時代なんや。
『air pollution』(大気汚染)という英語も初めて聞いて、「人類の進歩と調和」と言う言葉にうなずかされた時代でした。
それから50年近く経って、地球環境は悪化する一方で、人類はたいして進歩もせず、調和にもほど遠いのは残念なことです。