カバン・袋物・帆布加工一式 一澤信三郎帆布

信三郎のええかげんな話

Date 2016.07.02

#55 山男の贈り物

「キスリング」って知ってはりますか?
今の若い人はほとんど聞いたことがないやろうと思いますが、「キスリング」はスイスの登山家の名前で、帆布生地で作った登山用の大型リュックの名称です。昭和の初めに日本に持ち込まれ、徐々に広がったようです。昭和30年代に入ると登山ブームで、土曜の夜に国鉄(JR)の駅に、キスリングが山のように積まれていたのを覚えています。夜行列車で、遠くは信州あたりに行って、山に登ってたんでしょうな。

うちの店にも、大学の山岳部やワンダーフォーゲル部、探検部の学生さん達がよう出入りして、キスリングを買いに来ていました。キスリングは、両サイドに厚みのある大きなポケットを付け、口元はロープ絞り式で、雨蓋がないので絞った紐を肩バンドの根元の金具にくくりつけます。荷物の入れる順番を考えて自身で背負いやすいようにパッキングするには、経験と工夫が要りました。肩バンドの付け根や、バンドの革は、蝋糸で手縫いせなあかんので、手間がかかります。力もいるんで、男性の職人でも1日にいくつも縫えませんでした。
私が中学生の頃は、店にいつも各大学の山岳部の学生さん達がたむろしていて、時には自分でハトメを打ったり、手縫いでキスリングの修理をしていました。親父が「腹減ってるやろう」と、時々きつねうどんの出前を頼んで、学生さん達にご馳走してました。「苦学生には出世払いや言うてたのに、わしより早よう死んでしもうた」と親父が寂しそうにこぼしていたこともあります。滝つぼに落ちて、うちの帆布製のキスリングが浮きになって命拾いしたという話をしてくれた京大の先生もいはりました。

昔は仰山作っていたキスリングも、徐々に化学繊維のリュックに取って代わられて、今は使ってはる人も、めっきり少なくなりました。それでも、学生時代に買ってずっと使っている・・と、いまだに修理をお預かりすることがあります。お歳からすると、4、50年前のものなんでしょうな。このキスリングもいろんな山の景色をたくさん見てきたんやろうなと、羨ましく思いながら修繕しました。

うちでは今でも、キスリングをシンプルに小型にした、帆布製のサブザックを作っています。どこか懐かしく、街歩きにも使えるんで、世代や国を超えて愛用してもろうてます。
なお、写真のピッケルは、名工と称された山内東一郎作です。