カバン・袋物・帆布加工一式 一澤信三郎帆布

信三郎のええかげんな話

Date 2016.05.07

#53 遠き昔の想いで

もう、かれこれ45年前になりますかいなー。私が大学生でたまたま一澤帆布の店番をしていた時に、中年の欧米人が一人でふらりと店に入ってきはりました。つたない英語を駆使してしゃべると、ハワイのカメハメハスクールという学校で、フランス語を教えているBill Gemmer さんという先生でした。私は学生で暇やったんで、次の日に大原の三千院などを案内することになり、その晩に、えらい上等の中華料理をご馳走になりました。
その頃は固定相場で、1ドル360円の時代。生涯、外国に行くことなど、夢物語でした。小田実の「何でも見てやろう」という本が流行った時代で、それに触発されてずうずうしく彼に手紙を出して、ハワイに行くことになったんです。学生の身に、飛行機代はべら棒に高すぎて、プレジデントラインという客船の一番安い部屋で、1週間かけてハワイに渡りました。
Billは、親切に港まで迎えに来てくれて、身元引受人になってくれ、そのうえアロハシャツと炊飯器まで買ってくれて、3週間ほど教員宿舎に居候してました。初めて見る巨大なスーパーマーケット。自分で品物をカートに入れて、現金でなく、パーソナルチェックにサインして支払うことなど、驚くことばかりでした。その後、こちらからは2度ほどハワイを訪ね、Billも2度京都に来てくれました。
そして1週間ほど前、ハワイから分厚い封筒が届き、開けると中身は、私が何年にもわたって彼に送っていた写真や手紙でした。Billの友人が、彼の遺品を整理して送ってくれたようで、Billは写真を大事に居間に飾ってくれていたそうです。Billは生涯独り身で、自分の人生を楽しみたいから家族は持たない主義で、休暇には世界中を旅していました。
「なぜ旅に?」と尋ねると、「To see more of life」が答えでした。

友人の手紙には「Billは信三郎という友人ができて、そこに奥さんが加わって、娘たちができ、孫達ができて、彼の人生に広がりができたと思う」とありました。93年の生涯でした。
45年にわたった友情に幕が下りました。
独り身やない私にも、未だ漂泊の火だねはくすぶってますが・・・。