カバン・袋物・帆布加工一式 一澤信三郎帆布

信三郎のええかげんな話

Date 2018.09.17

#86 閑話休題 ②


今回は、うちの人と私の親父(おやじ)の話です。
親父は「社長」と言う柄やないからと、自分のことを「大将」と呼ばしてました。
雑学でようしゃべる親父で、しゃべりだすと、またおんなじ話やと、私はあんまり真面目に聞いてへんかった。
その分、うちの人がよういろんな話を聞かされてました。
「面白すぎてどこまでが本当の事かわからない・・・」と笑うて聞いてましたが・・。
以下は、うちの人が聞かされた親父の話です。

「 “ ちょうちん・から傘 ” ってわかるか? 私の婆(バ)-ルフレンドのことや。ちょうちんは横にスジがあるやろ、から傘は縦にスジがある、縦も横もしわだらけっちゅうことや」

「 “ 夏ハマ ”・・わかるか?、夏のはまぐりは、身が腐って貝は腐らん・・つまり、見ぃくさって買いくさらん、見るだけで買わへんちゅうことや」
骨董屋はんに入る時は、「 “ 夏ハマ ” ですさかい」言うて、「見るだけやけど、かまへんかいなあ」と言うて入るんや。


「 “ 風呂屋の釜 ” はな、“ 湯だけ ”・・・つまり “ 言うだけ ” や」

ある日、宝石のカタログを見ていて、うちの人に「どれが欲しい?」と聞くので、喜んで、「これ」と指さすと、その部分をじょきじょきハサミで切って「 はぃ 」と渡してくれたそうです。 

親父は、山のテントやリュックを作っていましたが、自分では山に登ったこともなく、運動も全くせぇへんので、たまにはウォーキングやラジオ体操でもしてみたらどうやと言うと、
「 “ 足腰を鍛え鍛えて癌になり ” と言う川柳知ってるか? 走って長生きできるんやったら、江戸時代の飛脚がまだ生きてるはずやろう」と、煙に巻いてました。

だんだん足腰が弱って歩きづらくなると、「口は達者やから、口で歩けたらなあ」と訳のわからんことも言うてたらしい。

「歳をとるのはええことやで。百歳になったら “ 烏(カラス)は白い ” と言うてもええのや、何でもありや」と常々言ってたそうです。
残念ながら百歳までは生きられず、「烏は白い」とは言えまへんでした。

Date 2018.08.19

#85 まとまりのない出勤風景


うちには、七十人ほどの職人と十数人の販売の社員がいます。店頭に立つ社員には、見苦しくない格好やったら、カジュアルな格好でもかまへん、と言うてるんで、この季節やと、たいがいがジーンズかチノパンにTシャツ、エプロン姿で接客しています。

それぞれが好き勝手な格好で出勤してくるのは、おもに職人たちです。
Tシャツは毎年社内でデザインを募集して、その中で奇抜でおもろいのを採用して、みんなに配ってます。
そやけど着てるもんも、着てないもんもいるなあ。
ほとんどの職人の通勤は、自転車かバイクです。人に迷惑かけんように全員保険には入らせてますが、この暑いのに、宇治から1時間かけて自転車で通勤してくる強者(ツワモノ)もいます。自転車でエネルギー使い果たして、仕事中に居眠りしたらあかんで、と言うてます。

金髪もピアスもあかんとは言うてへんので、みんな服装も髪形も、てんでばらばらや。暑い夏場は、半ズボンにビーチサンダルにリュックを背負って出勤してくるもんがようけい(たくさん)いるんです。
「君ら、今日は海水浴か?山登りか?」と聞きたくなるような格好です。
一人一人は、それなりに服にはこだわってるらしいけど、到底会社勤めをしているようには見えません。
以前にうちの工房長が、『お父さんの仕事』というテーマで新聞に載って、それを見た近所の人が、「ちゃんとした勤め人やったんや」と初めてわかったとか。
そりゃあ、アロハシャツに半パンにリュック背負って自転車で出ていくんやから、何してはる人やろう・・?と思われてたんやろうね。
まあ、自分も縛られんのがいややし、こんなゆるーい会社があってもええかなあ~と。
そやけど、こんな会社やけど、みんな仕事中は真面目に気張ってます。

Date 2018.07.21

#84 ああ もったいない

ある朝、“ 売れ残った服を国内で年間10億点廃棄している ” という新聞記事を読みました。
驚きです。
売れ残った服を、タグを外してブランド名が判らんようにして廉価で売ったり、産業廃棄物業者にすべて破砕して焼却するように依頼したりするんやそうです。
横流しされて安う売られたら、ブランドイメージに傷がつくし、倉庫に保管すれば資産となって税金がかかるんで、焼却するんやろうね。
その服を誰が作ってるかと言うと、人件費の安いバングラデシュあたりで大量に作っているらしい。そやけど、なんぼ製造コストを抑えても、仰山売れ残って処分してたら、何にもならへん。結局は作ってる人の長時間労働、低賃金につながるんです。
日本の縫製業者は、コスト削減のあおりと高齢化もあって、激減してるんやそうで、こんな状況では、ええ腕を持った職人がいなくなってしまいます。ええもんを作るには、職人を大事にせなあきません。
がむしゃらに製造コストを抑えるんではなく、良質な素材で良い製品を作って、正当な値段をつけて売るという、真っ当なことが置き去りにされているような気がします。
国連では、SDGs(持続可能な開発目標)の中で、『つくる責任、つかう責任』という項目があるんやそうです。
私ら消費者も、安さを喜ぶのではなく、「適正に作られているか」に関心を持たなあかんようです。そのモノと値段が見合った “ そこそこ ” のモノを選ぶ眼力が必要なんでしょう。
いつになく、えらい、くそ真面目な話になってしまいました。
もう今更、何を着ても似合わんのはわかってるんやけど、似合う似合わんは別として、服はそれぞれの自己表現やと思ってます。自分の服は、直感で “ これええなあ ” と全て自分で選んで買うてます。
近頃、おっさんの着るおもろい服は、なかなか見つけられませんが、いったん気に入って買うた服は、袖口を修繕してもろうて、とことん着たりもします。
昔のISSEYのPERMANENTEのように、素材のおもろい、自分的に洒落てるなあと思う服にはなかなかお目にかかれんのが、残念なことです。

Date 2018.06.20

#83 不思議な “お向かいさん”

先日アメリカ人の女学生が、うちの工房の道を隔てた向かいの店のシャッターに、突然絵を描き始めました。
“ はて、何を描くんやろう ” とみんなが興味津々。何かわからんなあ、と首をひねること三日、ようやく完成。ニューヨークの出身らしく、ハドソン川に架かるブルックリン橋と、その上空に軽飛行機。その機体が引っ張る吹き流しに、「MAISON HIRO」と言う名前と、日本とアメリカの国旗が描かれています。
その向かいの店は「メゾン・ヒロ」と言う美容室。一人で店を切り盛りしているご主人は、ニューヨークで30年近く美容師として活躍したのち、日本に戻ってこの店を開きました。やはり終の棲家は京都やそうです。
何とも感心したのは、入り口の看板です。

Any nationality
Any religion
Any age
Any gender

そして
We are Always Welcomed

と書いてあるんです。
人を区別せず、差別せず、誰でも受け入れる。ええことやなあ。
高校生の娘さんの手書きだそうです。
お向かいの店には、いろんなお客さんが出入りしています。欧米人のお客さんが多いようですが、髪を紫や緑色に染めたり、金髪を思い切り立ち上げたり、と様々な髪形に整えた人たちが満足げにお店を出ていきます。数十年前なら私も挑戦したんやけど、残念ながら髪で自己表現は今や不可能。せめてイスラム帽(?)で抵抗してます。

数か月に一度、二週間ほどお向かいのシャッターが閉まります。ヒロさんやないと、と言う贔屓のお客さんが、ニューヨークでヒロさんを待ち焦がれてはるそうです。
腕一本で自由に京都とニューヨークで仕事ができるのは、何とも軽やかで、京都に根を生やしている私には、羨ましい限りです。

Date 2018.05.25

#82 高山の文化と伝統

飛騨高山には、友人の縁で様々な季節に何度か訪れています。
先月、春祭りを観に出かけました。これが二度目の春祭りです。前回はつぼみが堅かった桜が今年は満開で、祭りに花を添えていました。
祇園祭は、「山鉾」やけど、高山では「屋台」と呼び、京都と同じように各町内ごとにお守りして巡行します。
今年は夜祭があいにくの雨で中止になってしまいました。提灯を灯した屋台が夜の高山の細い道をゆるゆると曳かれ、木製の大きな車輪が目の前を通るのを見るのは、なかなかに風趣があるもんなんですが、残念なことでした。

独特な装束の獅子舞が練り歩き、屋台のからくりの奉納もあって盛大なお祭りなんやけど、驚くのは、祭りが終わってからです。屋台がそれぞれの町内に戻って、蔵に安置されると、高山の町が急に静かになります。「町中に溢れていた観光客、いったいどこに行ったんやろう?」と訝るぐらい、町中から消えてしまうんです。土産物屋も戸を閉めて、シーンとして夕暮れの気配になります。みなさん、宿に帰って温泉に浸かったり、帰途に就いてはるんやろうね。
ここからが、高山の人たちの「直会(なおらい)」と言うか、地元の人たちの本当の楽しみが始まります。
今では少なくなったらしいんですが、昔からそれぞれの家で「呼び引き」という祭りの打ち上げをしてはったんです。今年も高山の古い料亭での「呼び引き」に呼んでもらいました。

大広間に皆が揃うと、「めでた」の発声をと、一人の旦那さんが指名され、「めーでーたーー・・」と、ゆるゆると歌いだすと、皆が唱和します。私が知ってる、めでためでた・・とは全く音調の違う、ゆったりした節回しなんです。
歌い終わるとそこからが無礼講、漸くそこで皆が酒を注ぎに回ります。
三味線も、踊りもあって、何とも愉快な宴会がえんえんと続くんです。宴たけなわで、気が付いたら私も興に乗ってみなさんと一緒に、何やら見よう見まねで踊ってしまってました。そやけど我ながら手足がばらばらで不器用やなあ。
時々「どしゃまくりの客」(どさくさ紛れの客)が混じって、用意した料理が足りなくなるのもご愛敬とか。

高山のことを「小京都」と呼ぶのはほんまに失礼なことで、高山には京都とは違った伝統文化が継承され、大きく花開いて、脈々と伝わってるんです。
陰影礼賛、けばけばしいネオンのない街は、ほんまにええなあ。
深夜、暗い夜道をふらふらと何とか宿に帰り着きました。