カバン・袋物・帆布加工一式 一澤信三郎帆布

信三郎のええかげんな話

Date 2019.07.11

#97 ちょいワルなTシャツ

京では、蒸し蒸しする梅雨の時期が終わると、うだるような猛暑の到来です。
今年も恒例のTシャツを職人たちに配布する季節がやってきました。市販のモノではつまらんので、毎年、社内でTシャツのデザインを募集します。
我こそはと思う者が応募してくれればええんで、いつもデザインが集まるのは20人ぐらいかな。今年は職人の息子さんや奥さんも絵を描いて応募してくれました。
それこそ、出来はピンからキリまでやけど、みんなの頭のトレーニングやと思ってるんです。どのデザインにするかは、何人かの意見は聞きますが、ほぼ私の直感で、面白うてインパクトのあるもの、そして僅かなりともうちの店らしさが漂うものを選びます。

今回は、二人の職人のデザインを少しいじって、前と後ろで合作にしました。実は、私もほぼ毎年衰えた脳ミソに刺激をと、出しゃばって参戦します。
脳ミソのガラガラの引き出しを開けてヒント探しです。熱中し過ぎると、目をつぶると天井に図案が浮かんだりするんです。
私のデザインの出来が良うて(?)私のだけを選んでしまうと、身贔屓になってもあかんので、度々2種類作ることになってしまう。果たしてええのか悪いのか・・・。みんなは喜んでいるやろうけどなあ。
実は、私は今年の2月に古希になってしもうて、悪友から生まれ年の赤ワインをもらいました。早速、仲間たちと「70年前のワインもまだまだいけるなあ」と喜んで飲み干して、しげしげと空のワインのラベルを眺めていると、ピンとひらめいたんです。そやそや、製造年はうちの創業年に、ラベルはかばん、製造地はKYOTO・・と次々とアイデアが浮かんできました。伊達に年くってへんなあ、と独りごちて、Tシャツのデザインが完成しました。
周りには、それぞれの国の人に「かばん」を意味する文字を書いてもろうて散りばめました。
何とか出来上がったのが、写真のちょいワルなTシャツ。
お恥ずかしいんですが、気に入ってくれはる方があれば、店頭のみで初めてちょこっと販売してみようかなと思ってるんです。

Date 2019.06.17

#96 名脇役

うちの仕事に欠かせへん道具が、「切り株」です。ミシンが主役とすれば、これは名脇役なんです。
かばん作りに切り株というのは、なんとも不思議な組み合わせやと思われるでしょう。これが職人の作業台になるんです。
切り株は、叩いた力をしっかりと受け止め、吸収してくれます。
帆布は打ち込みが強く堅いので、なかなか扱いにくい素材です。縫製するためには切り株の上で、木槌で叩いて折り目を付けることから始めます。
新しく入ってきた職人がまず覚えなあかんことは、同じ幅に生地を折ることで1mm増えても1mm減ってもあかん。同じ寸法できっちり折ることで、ミシン仕事がやり易くなって、最終的にあか抜けたかばんに仕上がります。
帆布はしっかりと生地の目が詰まっているので、縫い間違って糸を解くと、帆布に針跡が残ってしまうんで、縫い直しがききません。そやからなおさら正確に折り目を付けなあかんのです。うちの工房では、常にリズミカルに、「コンコンコン」「トントントン」「ドンドン」という音が響いてます。
切り株は欅や桜、いちい、楢など、堅い大木を輪切りに製材したものです。
長いこと使うてると、木口(こぐち)が滑らかになって、とろりとした飴色に変わって艶がでてきます。そやけど、職人それぞれの使い癖で、一部分が減ってきたり、木槌やポンチの跡がデコボコになったり、大きくひび割れが出たりもします。

そこで名工の出番です。昔から懇意にしている縁で、木漆工芸家の宮本貞治さんに修繕をお願いしています。彼は人間国宝の黒田辰秋さんの孫弟子で、私的には、その才能を一番受け継いでいるのではと思ってるんです。切り株のすり減った面にはカンナをかけて平らにし、ひび割れた部分にはV字型に薄く切り出した木片を埋め込んでもろて、見事に甦りました。
職人たちもこの補修跡を目の当たりにすると、かばんの修繕にも励みが出るんですわ。
何でも直して生かさなあかんなあ。
私自身はもう継ぎはぎが利きまへんが・・・。

Date 2019.05.18

#95 一黙

私は四代目ということになってますが、うちの初代(嘉永6年生まれのひい爺さん)は、西洋かぶれの新しいもん好きの男やったらしいんです。以前に、一澤さんと言う同じ名字の方が訪ねてきはって、お互い遠い親戚やないかと言う話になりました。その方のご先祖のお墓には、勘当された人の名前が削られているらしく、それがどうもうちのひい爺さんらしいんや。いったい何をしでかしたんやろう?

実は、もう新しくなってしもうたんですが、うちの墓は何とも不思議な墓でした。なんでもひい爺さんがセメントを持ってきて自分で墓を作ったらしい。墓には花柄のタイルが何枚も貼り付けてあって、真ん中にはハープの形の金属が打ち付けられてました。
二代目が96歳で天寿を全うした時、その墓に入れようと思ったら、納骨する入り口を作り忘れてたんで、私の親父が、これでは後々困るやろうと、止むなく墓を新しくしたそうです。
今になれば、風変わりなひい爺さんの手作りも残しておけばよかったのになあ。
ハープは、その頃にひい爺さんが組織してた「京都バンド」という楽隊のシンボルマークでした。当時オーケストラ元祖と名乗っていたのか、私のひい婆さんの写真に「オーケースタラ元祖」の文字が印刷されているんです。

この頃は、残された者が困らんように、樹木葬や合祀を選ばはる人が増えているらしい。
私も、うちは娘二人やし、墓にはこだわりがないんですが、先年、子のいない叔父が亡くなり、昵懇にしている和尚から墓地を分けてもろうて、墓を作りました。
仰々しい墓は苦手です。墓碑は蓮の一片の花びらの形にして、名字の代わりに、和尚に頼んで禅語を墨書してもろうて、その一語を彫ることにしました。楽しみに待っていたその一語は『 一黙 』・・・多くのことを喋るより沈黙がまさっているということ。

ええ墓になったなあと、独り言ちていますが、うちの人が一緒に入ってくれるかどうか・・、その時はその時やなあ。

維摩の「一黙は雷の如し」。
「維摩居士」は釈迦の弟子の一人で、仏教の教理について、釈迦の弟子たちが議論していた時に、文殊菩薩は文字や言葉では言い表せないといい、その後に意見を求められた維摩は、何も語ろうとせずに教えを態度で示したという故事から。

Date 2019.04.17

#94 折々のことば

私は毎朝起きるとすぐに新聞に目を通すのが習い性となっています。
新聞が休刊日でポストに朝刊が入ってへんとがっがりで、夕刊が待ち遠しくなります。
若い人たちはインターネットのニュースで済ませがちで、新聞を購読せーへんそうやけど、私らの世代は毎日欠かさず新聞を読みたいんですわ。
私は、全国紙、地方紙、経済紙と、読み切れんのに三紙をとっています。
その中でここ何年か、最初に目を通すのは、朝日新聞の朝刊一面に掲載されている、鷲田清一さんの “ 折々のことば ” です。
古今東西、有名、無名に拘わらずたくさんの人の言葉から毎日ひとつ選んで、鷲田さん流のかみ砕いた解説とその言葉への思いを、当意即妙に語ってはります。
毎朝欠かすことなく、4月17日で何と1435回目。驚くべき数字です。
その博覧強記と見識と、たゆまぬ努力に脱帽です。やっぱり私とは頭の出来が違うんですなあ。
ある日の言葉に「仁王立ちになって、時代に立ちはだかれ!・稲垣喜代志」とありました。
今、世の中は混迷を深めています。それぞれが濁流に呑み込まれんように踏みとどまって思慮深く行動せんとあかん。ええ言葉やと鼓舞されたんやけど、いかんせん、私は穏やかで脱力系の性格で、勇ましく六方を踏むことはできそうにありまへん。鷲田さんの言葉は、“ 自前の道にそっと踏み出すのも立ちはだかりの一種だろう ” と続きました。
そうなんや、大勢に追従することなく、我が思う道をゆっくり牛歩のごとく歩んだらええのやと。
恥ずかしながら「とことん時代に遅れ続けよな、言うてんです。」と言う私の言葉も、昨年10月7日に取り上げてくれはりました。
私も、うちの生業(なりわい)も牛の歩みで、時代に立ちはだかるのは難しいけど、ちょっとづつ鈍重に前に進んでいけたらええなあ。
“ 折々のことば ” は私の毎朝の頭の体操です。ボケ封じでもあります。
鷲田さん、お忙しいやろうけど、止めんといつまでも続けてくださいよ。

Date 2019.03.23

#93 麻帆布かばんの誕生秘話

麻帆布のかばんを作り始めたのは、30年ほど前のことです。
倉庫を整理していてくすんだ緑色の麻の反物をうちの人が見つけて、「この色面白い!自分用のかばんを作って欲しい」と言い出したんが最初です。
うちのおやじの話によると、その反物で第二次大戦中に、兵器の覆い(カバー)や、軍艦の大砲の覆い、吊り床(ハンモック)などを作って軍に納めていたらしい。
綿帆布と違うて、麻には麻独特の風合いがあっておもろいなあと、復刻してみようと思いました。
綿帆布の染めを頼んでいる工場に相談すると、麻帆布を染めたことはないんで、うまくいくかなあ・・、と思案顔でした。まず最初に、高価なため今は自衛隊にしか納めてへんという厚手の麻帆布を染めてみました。もう少し打ち込みの強い麻帆布はないかと、京都の麻問屋に尋ねると、ヨーロッパで織っている麻の生地を持ってきてくれました。それを使って緑色、ワイン色、茶色、黒色、青色など、敢えて綿帆布と違う色を染めました。青色はこだわって、葛飾北斎の “ 凱風快晴 ” の空の色に染めてもろたんです。
そやけど、ええ麻帆布を継続して手に入れるんは、ホンマに難しいことでした。
ヨーロッパで織った生地は、異原糸が混じっていたり、織り傷も多いんです。均質に織って欲しいんやけど、麻はリネン(亜麻)という靭皮繊維(じんぴせんい・茎の内側にある柔らかい内皮)やから少々の傷は当たり前やと言うのがあちらさんの言い分です。スエズ運河が封鎖されて積み込んだ船が通れへんので、長いこと麻帆布が届かへんこともありましたなあ。
その後、時代の波でアイルランドやベルギーあたりで麻帆布を織っている工場が次々と廃業して、なかなか満足のいく麻帆布を手に入れることが難しくなりました。

その後、ヨーロッパから麻糸を輸入して、国内の工房で織ってもらえるようになって、ようやく満足のいく麻帆布が手に入るようになってひと安心。
麻帆布は使うほどに柔らこうなって、体になじんで実にええ風合いになります。
使い込んでええ味に育ててやってください。
私は性格はいたって柔らかいんやけど、年を重ねても古うなるだけで、なかなか居住まいと物腰に風格は出まへんなあ・・・。
ちなみに、亜麻(リネン)は ‘ 大麻 ’ とは別物ですので、ご安心のほど。