寡黙な男性職人 三人衆 僕ら職人のなかでも真面目でシャイなタイプかも

中山唯志
2009年入社。先輩の西村によると「朴訥と話す好青年。なにごとにも前向きに積極的に取り組む姿勢が評価できる」、岡山によると「ミシンをやりたい!という熱意が伝わってくる。次世代を担う逸材」とのこと。
西村崇史
1990年入社。後輩の岡山からは「尊敬する大先輩。早寝早起きで、多趣味な人。すごいなと思います」、中山からは「いつも笑顔で優しいけれど、その奥に厳しさがある。僕の師匠です」と敬われている。
岡山文昭
2000年入社。先輩の西村によると「工房で職人の配置換えをする際、レイアウトを考えてくれるなど、中堅どころとして活躍している」、後輩の中山からは「ミステリアスで本音がよくわからない人」と評される。

1から10まで
数えられたら

理想の道具に
育てあげる

手元は真剣、
頭は自由

次の100年に
向けて

1から10まで
数えられたら
― 西村
そもそも2人はなんで職人になったん?
― 中山
ものづくりがしたくて。職人というのに憧れていたんです。だから大学は電子情報工学部だったんですけど、その道にはいかずこっちに。ただ最初は工房に空きがなかったので、販売のアルバイトを半年くらいしました。
― 岡山
僕は以前、都市型ホームセンターのアウトドア部門にいたんです。そこにかばんも置いていて、毎日見てるうちに「作れへんかなぁ」と思うようになって。売るだけより、作るほうが楽しいやろうなと思って。そういう西村さんは?
― 西村
僕が大学生の頃はちょうどバブル期で、就職を決めずに卒業してしまった。でもこれじゃああかんなとコンビニにあった就職情報誌を見てたら、たまたま一澤帆布が載ってた。一澤帆布のかばんは友達も持っていたし、雑誌やテレビなどのメディアで取り上げられることも多かったから、面白そうやなと思って。面接では社長から「君は1から10まで数えられるか?」と聞かれて、「数えられます」と答えたら、「じゃあ、いつから来られる?」「明日からいけます」っていうやりとりをして、職人としてのスタートを切ったわけ。
― 岡山
1から10まで数えられるか?って、社長みんなに聞いてるみたいですね(笑)。僕はミシンを使ったことがなかったけど、面接ではそれも聞かれなかったし、手先が器用かどうか確かめる試験もなかったですよね。
― 西村
そうそう。うちの職人の採用基準って何やろね。
― 岡山
僕、いまだにシャツのボタンとか付けられないですよ。
― 西村
僕もやで。たぶん一澤の職人って不器用な人が多いんちゃうかな。
理想の道具に
育てあげる
― 西村
中山くんは入社して5年目やけど、どう? 道具の使い心地は良くなってきた?
― 中山
竹尺はだいぶ自分で育てました。新品のときは生地にひっかかってすべりにくかったけど、だんだん角がとれて丸くなって、今はだいぶ使いやすくなってます。最初の頃、先輩から「すでに使い込んだ竹尺を使うか?」って言われたんですけど、「いや、自分で育てます」と。
― 西村
そうか、中山くんは自分で育てたんか。先輩が使っていた道具を後輩にあげることはよくあって、僕も育てていい感じになったら誰かにあげてる。最近は作業着まであげてる(笑)。
― 岡山
でもハサミはみんな自分用を持ってますよね。入社したときに新しいハサミが支給されて、退職するときに記念じゃないけどもらえる。うちでは早川刃物店のハサミを使っていて、1ヵ月に1度くらい研いでもらうけど、研いでいくうちに刃先が短くなっていく。だから刃の感覚も変わってくるんですよ。ちょっと3人のハサミを出してみたらわかるんじゃないですか。
― 3人
お〜!!全然刃の長さが違う!
― 中山
道具と一緒に、自分も育っていく。だんだんと自分の手に馴染んでいく感覚がいいですよね。
― 岡山
ハサミと同じように、ミシンも自分用が決まってる。僕のは1902年のシンガー製、アメリカのニュージャージー州の工場で作られたミシン。ここのシリアルナンバーを見たらわかるんですよ。
― 西村
ミシン自体は古い。一澤の創業より前のものやからね。戦車や飛行機を作っていた会社のミシンやから、丈夫にできてるんやで。
― 岡山
でもミシンそれぞれでペダルの感覚やスピードが違うから、ミシンが変わると同じ感覚では縫えないですよね。あと、みんな自分が使いやすいように細かな工夫をしているんです。例えば僕の場合は、ここ(ミシン針から数㎝離れた位置)にわざとキズをつけています。ここで縫う方向を曲げることが多いから。前は油性ペンで印をつけてたんですけど、消えてしまうのでキズをつけて。たぶんこれ僕しかわからないと思います(笑)。
― 西村
ミシンには大ミシンと小ミシンがあって、僕や岡山くんが使ってるのは大ミシン。大ミシンは4号や6号帆布など生地の厚いものを縫う用、小ミシンは9号や10号など生地の薄いものを縫う用。大ミシンはミシン針もすごく太くて、指に刺さったらペンチで抜くしかない。
― 中山
えっ?!刺さったことあるんですか?
― 西村
ないよ。かすったことはあるけど。こないだ中山くんはカシメ止めの機械でケガしたやろ。
― 中山
思いっきり機械に右手の親指を挟んだんですよ。でも仕事中だったので声を出すこともできず、昼休憩までずっと黙っていたんです。昼休憩のとき先輩に言ったらすぐに病院に行くことになったんですけど。
― 西村
職人としてはやっぱりケガするって恥ずかしいことやからなぁ。僕も昔ケガしたことあるけど、同じように黙ってた。
― 中山
そうなんです、僕もあの機械でまさか指を挟むとは思ってなかったので・・・あれ以来、気いつけながら作業しています。
― 西村
ハサミもよく切れるように研いでいるから、落ちて身体のどこかに当たったらケガをする。だからハサミは必ず所定の位置に置くように安全管理については徹底してるんやで。
手元は真剣、
頭は自由
― 西村
それと僕が職人として心がけているのは、まず体調を整えること。夜更かししないとか、朝はコーヒーを飲んで頭をシャッキリさせるとか。爪は金曜日の夜に切るとか。あまり短く切りません。生地の端を爪の先で確かめたいので少し伸びたくらいがちょうどいい。帆布を触っていると手の水分も取られてカサカサになるので、ハンドクリーム塗ったり、マッサージしたり。この手も道具のひとつだから、ちゃんとメンテナンスせんとあかん。
― 岡山
確かに、爪は少し伸びたくらいで揃えてますね。そうそう、職人あるあるで言えば、話ちょっと違うかもしれませんけど、他のお店なんかでかばんを見るときに、寸法計ったり、縫い目をチェックしたりしません? 僕は服屋さんで縫い目を見てたら、よく「同業者ですか?」って言われる。見るポイントが違うみたいで。
― 中山
あ〜わかります、わかります。僕は気に入った服やかばんがあっても、縫い目が汚かったから買わないこともありますよ。これで売るんかと思って。
― 西村
僕らの仕事は、1mmのズレも許されへんから。(持ち手の縫い目を見ながら)これも左右どちらかに寄っていると見栄えがよくないので、ちょうど真ん中を通すようにしてる。
― 岡山
1mm狂うだけで左右のバランスがくずれてしまう。まっすぐ縫うことがいまだに一番難しいですね。もしズレてしまって糸を抜いたら針穴が空いてしまうので、やり直しはできない。だからミシンをかけるときは毎回、緊張感があるんです。
― 西村
失敗したら社長のところに行って、叱られる。でも店頭スタッフが見たら「どこが失敗したの?」って。わからへんものも多いみたい。毎日仕事してる僕らからしたら、ほんのちょっとのズレも失敗なんやけど。
― 中山
すごいですよね。そんなミシンの仕事に憧れます。僕も早くミシンできるようになりたいです。今はポケットの縁とか、かばんの持ち手なんかはミシンで縫わせてもらってますけど。
― 西村
でも下職のほうが大変といえば大変。ミシンは前に出されたものを縫っていけばいいけど、下職は3つ4つ、さらにその前の段取りを考えて準備していかないと、ミシン担当の縫うものがなくなったら困るから。
― 中山
はい、常に次の工程を考えてますね。
― 岡山
中山くんは「どんどん次やりましょ、次やりましょ」って急かしてくる(笑)。
― 中山
僕は早くミシンがやりたいので。自分に余裕があれば「ミシンやってみるか?」って言ってもらえるので、自分の仕事が早く終われるように先輩にもどんどん急かしてしまうんです(笑)。
― 西村
基本的に、今週どのかばんを作るかは、店舗の在庫表に沿って下職スタッフが段取りしていく。ミシンのほうはかばんの色が変わると縫い糸を変えないといけないので、その手間がなるべく少ないように考えながら。
― 中山
色の段取りはすごく重要です。
― 岡山
ミシン担当は、台に置かれた生地をひたすら縫う。でも下職の経験があるから、次にこれを出してくるだろうっていうのはわかっているんです。ミシンの手元だけ見ているフリをして、けっこう下職の子がやってることも、隣のミシンの人がやってることも見てるんですよ。
― 西村
しかも頭のなかでは「今日の晩、何食べようかな」とか考えてる(笑)。
― 中山
ラジオから聞こえてくる曲に合わせて木槌を叩いたり。
― 岡山
頭のなかは自由だから。
― 西村
店舗の2階でデモンストレーションする場合なんかは、黙々と作業していても、お客さんが寄ってきてくださったらお話することもあるしね。向こうから話しかけていただいたら、それも嬉しい。
― 岡山
お客さんに見られるのは緊張するけど、お客さんが手に取ってくれる、褒めてくれる、お客さんの顔が見える仕事だから、やりがいがあるのかもしれないですね。
次の100年に
向けて
― 西村
最後に。なかなかこんなこと聞く機会もないと思うから、みんなの目標を聞いておこか。
― 岡山
目標ですか?! まぁ10年、20年先のことはわからないですけど。僕はいま大ミシン担当なので、小ミシンもやってみたいですね。一澤信三郎帆布で販売しているすべてのかばんを作ってみたい。大ミシンは厚手の生地を縫うので力がいりますが、小ミシンのほうは逆に細かな作業が必要になる。職人としてはどちらの経験もしたいと思います。
― 中山
僕はやっぱりミシンがしたいですね。大ミシンの定番である手提げかばんを作ってみたい。そして後輩から憧れられるような先輩になりたい。その時のために、今はいろんな先輩のやり方を見て、あれがいいなと思ったら自分のものにしてしまう。こう見えて、けっこう観察してるんですよ。
― 西村
確かに職人それぞれのやり方は違う。ただ、やり方が違っても、同じかばんができるノウハウを維持していきたい。創業から100年経った一澤信三郎帆布が、これからまた200年、300年と続けていけるように。それと、まだまだ日本全国、海外の方にも知ってもらえていないし、今年も積極的に各地で催事をしていきたいと思ってる。世界に羽ばたけるようにみんなで協力しあってな。店舗は1つしかないので、実際に見てもらえるようたくさんの人に来てもらいたいなと思ってます。これからも、お客さんのニーズに合った製品作りをみんなで目指していきます。
― 岡山
さすが大先輩、きれいにまとめましたね(笑)。
オマケコーナー プライベートの愛用品を
大公開

岡山あまり物持ちがいいタイプじゃないんですけど、これは10年以上使ってます。もともとウィスキーが入っていた瓶を再利用して、スキットル(携帯用のお酒入れ)代わりに。旅行に持って行っても割れないので、長持ちしてますね。ウィスキーを入れると茶色になるので、よりクマっぽくなるんですよ。そんなにお酒を飲むのかって? はい、社長には酒好きということで通ってます。

㆗山ものを作るのが好きで、家では革製品を作ったりしています。これは財布ですね。でもほんと暇つぶし程度に、友達に頼まれて作るくらい。それと初めて買ったロードバイク。うちの会社の人、いい自転車に乗ってる人が多いんですよ。バイク好きも多いですよ。タイヤ交換とか一般的な整備くらいは自分でやってます。

西村いろいろ持ってきました。万年筆は東京・神保町の金ペン堂というところで買ったもので、ここのを使ってから万年筆のイメージが変わりました。書きづらいイメージもあると思うんですけど、ここのは人それぞれに調整してくれるので、すごく書きやすいんです。たまに東京に行くときはペン先を調整してもらいますし、インクを吸入する感覚も好き。手間のかかる道具ほど、愛着が湧くんですよね。これは西国三十三カ所巡礼帳。まだ回っている途中ですが、行った先で絵も描いているんです。それとこれは自分で作ったお弁当。お米は錦市場で量り売りのものを1kg単位で買って、新鮮なうちに1週間で使い切ります。それを朝5:30に起きて、土鍋で炊いてお弁当につめる。週の半分はお弁当を持参しているんですよ。

編集日記
うちの職人のなかでも寡黙で真面目な三人衆。最初は「ちゃんとしゃべるんやろか」とみんな心配していました。でも話をしだすと、そんな心配はどこへやら。年長者の西村のリードによって、仕事のこと、愛用の道具のこと、自分のこだわりのこと、いろいろ話してくれました。職人たちにとっては毎日当たり前のようにしている仕事の話なので、終わってから「こんな話でよかったん?」と思ったようですが。それぞれの個性が出て面白かったです。皆さまに普段は寡黙な職人たちの熱いこだわりが伝わるといいなと思います。