カバン・袋物・帆布加工一式 一澤信三郎帆布

信三郎のええかげんな話

Date 2017.10.16

#73 永遠のランドセル

戦後の混乱から、日本が漸く立ち直りかけたころに、地元の粟田小学校に入学しました。その頃はどこの家も子だくさんで、1クラスが五十人ほど、一学年で5クラスあったように思います。
宿題はほとんどなくて、家に帰るとカバンを放り出して暗くなるまで、近くの白川や東山で遊び呆けてました。それでも遊び足りんで、夕飯を終えるとまた路地に集まってメンコやビー玉をしたりしてました。塾もあらへんかったからほんまによう遊んだもんです。
家が商売してたんで、そろばん塾だけは行かされました。ゆるい先生にさぼり癖のある生徒で、ものにならへんかったなあ。
革のランドセルが出回り始めた頃で、たくさんのピカピカの1年生がそれを背負うてたんで、羨ましくて親にねだった覚えがあります。私のは帆布製で、たぶん兄のお古やった。親父としても矜持があったんか、うちの方が軽うて丈夫やし、いつまでも使えるでと作ってくれたんやと思います。
うちの娘の時も、もちろん帆布のランドセルを持たせました。今は孫も帆布のランドセルを使うてるんで、三代で使うてることになります。
帆布のランドセルは、使わなくなればリュックとして旅行やハイキングにも使えます。大学生になっても使うてるお客さんもいはります。どれだけの思い出が詰まってるんやろうねえ。
ランドセル型は、近頃年齢を問わず、また外国の方にも人気です。
ところでこの集合写真ですが、どなたかの記憶にありませんか?
下手なパクリです。(写真家・植田正治さんへのオマージュです。)