カバン・袋物・帆布加工一式 一澤信三郎帆布

信三郎のええかげんな話

Date 2017.05.15

#67 里山十帖と越後の春

4月の最終月曜日、京の「草喰 なかひがし」さんと共に、新潟県の魚沼にある「里山十帖」という旅館でのイベントに行ってきました。
参加者が昼過ぎに集合して、魚沼の里山で山菜を採って、夜はその山菜を使った中東さんの料理をいただくというのが主な内容で、その隙間に、私が前座で、うちのモノづくりや商いについて、つたない話をすることになりました。山菜採りに持って行くのは、うちが作らせてもろうた「なかひがし」さんの開店20周年記念かばん。
旨そうな野菜の線画を散らした、いかにも中東さんらしい帆布かばんに、おにぎりと水、軍手を入れていざ出発です。
中東さんが「私は晴れ男ですわ」と自慢してはっただけあって、当日は雲一つないピカピカの晴天。まだ雪の残っている越後の山々が青空の下に連なって、素晴らしい眺めでした。
田んぼの畔に点々と咲いているのは「フキノトウ」、びっしりと林のように「土筆」も並んでいます。中東さんに教えてもらいながら「カンゾウ」「独活(ウド)」「コゴミ」「ヨモギ」「ゼンマイ」「イタドリ」・・、「スイバ」はちぎって食べるとほんまに酸い味でした。「木の芽」は京都では山椒の葉のことやけど、ここでは「ミツバアケビの芽」のことでした。湯がいて食べるんやそうです。
青空の下で、新潟のお米で作った塩味だけの旨いおにぎりと一ぴきのめざしをほおばって、みんな一生懸命、山菜を採って、子供に還った一日でした。

夕食の前が、私の出番です。うちの仕事を30分にまとめたDVDを見てもらいながらの、ええかげんな話です。皆さん疲れてはるのに、よう我慢して熱心に聞いてくれはりました。
里山十帖の、とろりとしたお湯の露天風呂から眺める棚田と、夕日に染まった越後の山並みは絶景でした。

夜は楽しみな、中東さんと、こちらの料理長のコラボの料理です。山菜の白和え、白味噌のおつゆ、鯉の刺身・・・・。最後に煮えばなのごはん。越後のお酒のすすむこと。
すっかり酔っぱろうて、部屋に戻ったらそのまんま夢の中でした。

それにしても、中東さんは京の北部花脊の山の民、私は京の下町育ち、食糧難の時代には中東さんは逞しく生き延びはるやろうなあ。
私はあっさり・・・、あかんやろうね。

Date 2017.04.17

#66 本橋成一さんとかばんたち

本橋成一さん、ご存知の方も多いと思いますが、社会派のカメラマンで映画監督、そして、たぶんうちのかばんを世界一たくさん持ってはる方です。
私が35年ほど前に会社勤めを辞めて店に戻った頃には、既にうちのかばんのお得意さんでした。
本橋さんは土門拳賞も取らはった有名なカメラマンですが、いつも持ってはるのは小さなフィルムカメラ、たぶん古いライカです。撮影はとてもさりげなくて、いつ撮られているのかわからんぐらいです。それやから、自然な、ええ写真が撮れるんやろうね。
本橋さんのことは、「ある精肉店のはなし」「アラヤシキの住人たち」などで何度か紹介してるんですが、今回初めてご自宅にお邪魔して、かばんのコレクションを撮影させてもらいました。
本橋さんの取材用のカメラバッグは、長年特注で、うちの定番のかばんの改造型です。カメラやズームレンズ、ストロボなどを入れるんでマチを広くして、両サイドに大きなポケットを付けています。
2003年に「アサヒカメラ」と言う雑誌で、本橋さんとうちの店とで「職人の街京都で、理想の帆布製カメラバッグを作る」という企画をしました。4号にわたって、ああでもない、こうでもないと試作を重ねて、本橋さんに取材旅行にも使ってもろうて、完成させました。その後、そのカメラバッグがうちの定番商品(S-04)にもなっているんです。
それにしても、出るわ出るわ、押入れから出てきたかばんの多いこと・・・。
これでも、かなりな数のかばんを知り合いにあげてるんやそうです。どのかばんも程よく使い込まれているのも貫禄もんです。
本橋さんにこんなにもかばんを買うてもろてたんやねえ。足向けて寝られへん。
おおきにです!

Date 2017.03.16

#65 ハサミ研ぎ

うちの職人たちが使ってるハサミは、昔から仏光寺近くの同じ刃物屋さんから買うてます。
大バサミ、中バサミ、糸切バサミは、職人たちがそれぞれ「マイハサミ」を使ってるんです。そしてこの刃物屋さんが一ヶ月に一度ハサミを取りに来てくれて、研いでくれるんです。そやから職人たちは2丁のハサミを、代わりばんこに研ぎに出して使うてます。ハサミには間違わんように、職人の個人名を入れてます。片刃ずつ研ぐんで、外したネジは元の組み合わせにきちんと戻るように、番号順に置いていきます。
いつ頃からこの刃物屋さんにお世話になってるんやろう・・・。
うちの祖父の時代からなんで、80年ぐらいになりますかなあ、ほんまに古い付き合いです。
幼い頃に祖父にこのお店に連れて行ってもろうて、ハサミや包丁を研いではるのを面白いなあと、 眺めていた記憶があります。
その時に、刃物を研いでる砥石で水が鼠色に濁っている中に、赤い金魚が泳いでいたのが、強く印象に残ってます。研ぎの水桶のボウフラを食べてくれるんで、夜店で手に入れた金魚を飼っているそうやけど、こんな濁った水で暮らしてたら、眼が見えんようにならへんかなーと、心配したことを未だに覚えてるんです。子供心にびっくりしたんやろうね。
その後、今のご主人の代になって、「うちは跡を継いでくれる者が居りませんので、私が仕事ができんようになったら終わりですわ。」と言われてました。息子さんたちはそれぞれ勤め人になってしもうて、あとを継いでくれんそうなんです。えらいこっちゃなあ・・と思っていたら、ひょんなことから、娘婿さんがこの家業を継いでくれることになりました。今では、舅さんと婿さんが仲良う交代で配達に来てくれてます。

ハサミは研いでは使い、研いでは使いしているうちに、だんだん刃が小そうなっていきます。新人の職人に、さら(新品)で渡したハサミは、職人の大事な道具で、長年の歴史やから、退職するときには餞別に渡してます。この写真のハサミ、元々同じハサミとは思えまへんやろう?
頭(?)とハサミは使いよう。
我が頭は錆び付いたままですが・・。

Date 2017.02.23

#64 能登の新ちゃん

もう25年ほど前に、友人の紹介で能登の珠洲という所にある宿に泊まりに行ったことがあります。もとは、漆かぶれを治すための湯治場やったらしい。
宿の主人が新ちゃん。高校生の時に器械体操で脊髄を痛めて、少し歩くのが不自由でした。
田んぼの奥の山あいにぽつんと立っている宿は、すっきりとした木造。地元のあすなろの木を使った能登の民家風で、玄関に一輪「みずひき草」が活けてありました。漆塗りで艶びかりした廊下の奥は、昔風の蛇口が三つ並んだ洗面所で、涼しい風が通って中庭を見ながら顔を洗います。無駄な飾りも無うて、何もかもがセンスようできてるのに感心しきりでした。
新ちゃんのお母さんが作る海水で固めた寄せ豆腐や、新ちゃんの打った蕎麦に、季節の野菜や桔梗の花を揚げた天ぷら、朝ごはんに食べた絶品の魚の干物・・・どれもシンプルで旨いもんばかりやったなぁ。
その後、うちのエプロンをした新ちゃんが、うちのかばんを好きな女性のお客さんと出逢って、無事に結婚に至りました。うちのエプロンが縁結びになったんですわ。

先日20数年ぶりに、“ 機嫌ようしてるか ”と、新ちゃんを訪ねました。宿は冬眠中で、雪に埋もれてました。今度は玄関にはたくさんの水仙が活けてありました。今だに客室にテレビもオーディオも、もちろんトイレも洗面所もありません。雪がさらさら降るのを眺めながらの風呂も読書もええもんでした。
こんなところに暮らしてたら、清貧な竹林仙人のような人間になれるかと思うけど、そうはいきません。新ちゃんは少しは大人しゅうなったようやけど、私と一緒で街の灯も嫌いやないんや。
私もまだ枯れ木やないんで、たまには京の街の灯に誘われて、夜の托鉢に出かけます。
春になったら、新ちゃんが丹精して育てている自慢の筍を食べに行きたいもんです。
新ちゃん、もうちょっとお互い元気でいような!!

Date 2017.01.28

#63 芦生の研究林

京都の北、美山の奥に、芦生の研究林があります。面積は4,200ha・・どんな広さか見当が付きませんが、平安京をすっぽり包みこむ広さなんやそうです。
総延長37㎞の林道があって、歩道は160㎞もあるので、維持保全が大変です。
この原生林を、京都大学が99年間の契約で借りているんやそうですが、それが2020年に終わるんで、新たに契約をしなければならんそうです。
この原生林を守るために、「京大芦生研究林基金」が作られました。

私は、30年以上前から、不思議とこの森に縁があるんです。
その頃は、京大の演習林と言ってました。美山の自然と暮らしが気に入って移り住んでいる友人に誘われて、きのこ狩りに行ったことがあります。
美山で染色をしている人や、民宿をしている人、絵や陶芸をしている人、もちろん林業に従事している人もいて、皆で山を歩き回って、朽ちた倒木に生えたヒラタケなどのきのこを探し、鍋を愉しく囲んだ思い出があります。
その後に、この森に揚水ダムを造るという計画が降ってわいて、この森を守らなあかんと、反対運動の勉強会がありました。京都大学の植物生態学の先生の先導で、大勢で森を歩いたんですが、植物や樹木の名前を実によう知ってはる先生でしたわ。雑草と言う名の草がないのと同じで、私が知らんだけで、当たり前やけど、どんな草木にも名前があるんですなあ。
山川草木悉皆成仏・・・。
幸いなことに、この計画は2006年に中止になりました。
今から20年ほど前に対面した、巨大な芦生杉の奇怪雄大な姿も忘れられません。
何百年もの風雪に耐えてきたんやろうな。これに比べて、我が身の存在の軽さは・・・。
「芦生研究林基金」に3万円以上寄付をしてもらうと、写真のようなうちのかばんがもらえるんですが、残念ながら規定の100人に達して、今年は終了してしまいました。寄付の受け付けは引き続きやってはります。
今回は、私に似合わん真面目な話になってしまいましたな。