こだわり

ミシンと木槌の音が絶え間なく続く工房で、毎日職人たちがかばんを作っています。
特別に織られた良質な綿帆布、麻帆布を使用し、それを独自の味わい深い色に染め、糸や金具も特注しています。
裁断、縫製に至るまですべてが職人の手作業。
戦前のシンガーミシンが、今でも工房で活躍しています。
工房では、ミシンをかけるベテラン職人と、帆布に印をつけたり金具を取りつけたりする下職(したしょく)が2人1組のチームになり、かばんを作っています。
通常、職人たちはこの下職から始めて、本格的にミシンを踏めるようになるまで7〜8年かけて成長していきます。
熟練のミシンと丁寧な下職が最後まで責任をもって仕上げるからこそ、お客さまに自信をもってお届けできる「一澤信三郎帆布のかばん」ができあがります。
私たちのかばん作りは手間ひまがかかり過ぎて、大量生産には向いていないかもしれません。しかし、このようなやり方だからこそ、職人たちの技術は日々向上します。職人たちは何よりも、すべて自分たちで仕上げることの責任と達成感を感じながら、楽しくかばん作りをしています。
ちなみに私たちの工房には製造マニュアルがありません。
製造マニュアルに頼ると、知恵と工夫が生まれないからです。
大切にしている6つのこと
私たちが大切にしている、当たり前でいてちょっぴり特別なこと。「丈夫で長持ち、シンプルで使い勝手の良い、飽きのこないかばん」を形作る、6つの要素をご紹介します。
  • かばん
  • 生地
  • 染め
  • 素材
  • 道具
  • デザイン
  • かばん作り

    1. 裁断

    布の縮みを想定し、無駄が出ないよう寸法を測り、キズや汚れがないか生地の状態を確認しながら、1枚ずつはさみで丁寧に裁断していきます。

    2. 成型

    厚く硬い帆布はすぐに縫うことができないため、切り株の上で木槌で生地を叩いて折り目をつけます。
    工房ではこのトントンという音がいつも鳴り響いています。

    3. ミシン

    厚い布をきっちり均等なステッチで縫っていくのは、ベテラン職人ならではの仕事。戦前に製造されたミシンもいまだに活躍しています。

    4. 縫い止まりの処理

    縫い始めと終わりの糸がほどけないよう手で結び、木槌で叩いて固定します。

    5. 表に返す

    縫い終わったら、かばんの裏側についた糸くずなどを刷毛(はけ)ではらい、できるだけシワにならないよう注意しながら表側にひっくり返します。

    6. 形を整える

    木槌で形を整えて、かばんが完成します。

    生地

    綿帆布

    帆布とは1㎡あたり8オンス(約227グラム)以上の厚布のこと。用途に応じて、様々な厚みの生地があります。帆布はもともと衣料用ではなく産業資材なので、当社では長年、一級帆布のみを選んで使っていました。ところがそれでも織りキズがあったりして満足できず、今では一澤信三郎帆布用に特別に織ってもらった帆布を使っています。色数も少しずつ増え、現在では15色を展開しています。

    麻帆布

    長年、綿帆布を使ってかばんを作ってきましたが、1980年代の終わりに、信三郎の妻が、古い麻の反物を店で見つけました。手触りが良く、くすんだ緑色がとても面白かったので、聞いてみると、第二次大戦中に兵器の覆い(カバー)に使っていたものでした。これが戦時中の「国防色」だったのです。麻の生地を取りよせて染めてみると、なかなか良い仕上がりになりました。 その後、麻問屋さんに頼んで、上質な麻帆布をヨーロッパから輸入していました。しかし工場が廃業したりして、なかなか品質が一定しません。また内戦でスエズ運河が通れず、生地が届かなくなったこともありました。 試行錯誤の末、麻糸を輸入して、日本で織ってもらうことになって、ようやく満足のいく上質な麻帆布を手に入れることができるようになりました。 今では、黒麻、緑麻、青麻、茶麻、ワイン麻、生成麻の6色をご用意しています。

    染め

    染色

    天然素材の帆布は、化学繊維とは違って柔らかい色調に染まります。しかし、厚手の帆布生地を芯まで染め、長年の使用でも色が褪せにくいように染められる工場は、国内にいくつもありません。当社では長年の付き合いのある染め工場にお願いして、独自の味わい深い色にこだわって染めています。また当社の帆布生地は用途に応じて防水加工していますが、これも非常に難しい技術です。防水液の濃さによって、生地は硬くも柔らかくもなります。固すぎると加工しづらく、角があたってかばんは早く傷んでしまいます。固すぎず、柔らかすぎず、かばんに適した固さに防水加工するため、染工場の職人さんたちと試行錯誤を重ねてきました。

    捺染

    柄のかばんは、捺染という技法で染めています。一色ずつ型を作り、手作業で生地に型を載せ、丁寧に染め上げていきます。その時々の気温や湿度を考慮した色の微妙な調整、正確に生地に型を載せる技術など、染工職人の熟練の技と勘によって、美しい柄が仕上がります。柄の図案は、基本的に社内でデザインしています。

    素材

    帆布を縫い合わせるには、丈夫な帆布に負けない糸でなければいけません。私たちは、南極大陸で使うテントの糸と同じ素材の糸でかばんを作っています。この糸は縫製時の摩擦による糸キレが少なく、縫製後も時間の経過とともに糸が引き締まり、より強度が増すのが特徴です。
    また帆布は使用するうちに少しずつ退色して何ともいえない風合いになっていきますが、糸も同時に色が褪せ、調和していきます。まさに一澤信三郎帆布のかばんのための糸と言えるでしょう。

    金具

    一澤信三郎帆布で使用している金具の種類は、約30〜40種類。メッキと塗装の色は、帆布生地の風合いと調和を考え、金具でありながらどこか温かみのあるアンティックシルバーにしています。また当社でデザインした特注品の金具もたくさんあります。例えば、ファスナーの引き手は当社の職人がかばんをイメージしてデザインしたもの。一澤信三郎帆布らしさを出しつつ、つまみやすい厚みにし、縫い目やカシメなども表現した自信作です。毎日使うかばんの金具なので機能性を最も重視していますが、ボタン、ハトメ、ファスナーにブランド名やロゴを入れるなど、遊び心もあるこだわりの金具が揃っています。

    道具

    ミシン

    工房では、いまだに戦前のミシンも活躍しています。大型の工業用ミシンは、今でもシンガー社製です。職人たちは、ネームタグをつけたり、裁ち目にオーバーミシンをかけたりするのは、共有のミシンを使いますが、経験を積んでミシン仕事の専属になると自分だけの「マイミシン」を使うようになります。不思議なことに、毎日使っているうちにミシンと縫い手の息がぴったり合うようになっていって、ほかのミシンでは、縫いづらくなってしまうのです。基本的にコンピューター制御のミシンは使いません。少量多品種で、一人が十数種類のかばんを担当しますので、職人の技量でミシンを使いこなし、様々な部分を縫い上げて、かばんを完成させるのです。ミシンに名前を付けて、可愛がっている職人もいます。

    木槌

    厚手の帆布は折り目が詰まっていて硬く、扱いにくい素材です。下職と呼ばれる職人の仕事は、木槌で帆布に折り目をつけることから始まります。1センチに折り目をつけるときは、1ミリ多くても少なくてもいけません。下職が正確に折り目をつけてくれると、ミシンの職人が縫いやすくなり、美しく仕上がります。木槌もそれぞれの使い癖があり、自分だけの「マイ木槌」でないとダメなようです。職人は、柄の長さを短くしたり、柄にテープを巻いたりして、自分の使いやすいように調整して使っています。

    はさみ

    かばん作りに欠かせない道具はたくさんあります。そのなかでも職人にとって大切なのがはさみ。裁ちばさみは、毎日毎日よく働きます。しかし、ひと月もすると切れ味が鈍ってくるので定期的に刃物屋さんに研ぎに出します。私たちの仕事は、はさみを研ぐ刃物屋さんのような職人さんに支えられているのです。そして当社の職人たちは、はさみを研ぎに出している間も仕事が続けられるように常に2丁ずつはさみを持っています。研ぎを繰り返すうちに刃が少しずつ薄くなり、何年も経つと元の大きさと比べものにならないくらい小さくなりますが、これは職人とはさみが重ねてきた年月の証です。

    デザイン

    一澤信三郎帆布には、専属のデザイナーはいません。かばんのデザインだけではなく、図柄や金具、カタログやDM、スタッフたちのユニフォーム代わりのお揃いのTシャツなども、全て自分たちでデザインしています。一澤信三郎帆布らしさを大事にしつつ、おもしろいと思ってもらえるものを、みんなで楽しみながら考案しています。

    新しく考案するかばんにはお客さまからの意見や要望を反映することも多いので、お客さまが私たちのかばんのデザイナーとも言えます。

    職人・スタッフが誰でも参加できる新作試作日が、月に一度開かれます。そこで、それぞれの新作のアイデアを形にしていきます。ある程度形になった段階で、使い勝手を確認するため、他のスタッフによる試用を繰り返します。幅広い年代のお客さまが使われることを想定し、男女別、年齢の異なるスタッフが交替で使います。傷みやすくないかなど検証し、仕様を詰めていきます。その後、不定期に開かれる新作会議で社長のOKが出て、ようやく新作が決定します。一つの新作が出来上がるまでに、たいてい数年の時間を費やしますが、毎年新作が出るというわけでもなく、十分に満足できる製品がなければ、新作が出ない年もあります。